<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
2016年の夏

8月も最終日となった。空気はすっかり秋だ。

今年の夏も賑やかだった。

8月3日にWちゃんとAちゃん母子が来訪。4日には陽子と宏二郎、藍がそれぞれの子供を連れてやってきた。それに加え、7日に秀太郎、香織が子連れで、秀太郎の従弟の俊ちゃん一家も一緒になった。6家族、子供は4年生を筆頭に12人。私達を含めると総勢23人!

昼は流しそうめんを食べて、みんなで潮風公演の海で遊び、夜はバーベキュー、花火。

翌日から少しずつ帰り、だんだん人数が減って25日に陽子達が帰ると、家の中は抜け殻のように静まり返った。

錦帯橋の花火大会、吉香公園での宝探し、海、錦町のとことこ列車、プール、玖珂自然公園、錦川の川遊び、しろへび記念館。

色々盛りだくさんだった。陽子はダンナと新婚旅行以来初めての二人旅というおまけまで付いた。ほのかはだいぶ言葉が言えるようになり、晴香、絢香はプールで5メートルくらいは一人で泳げるようになった。

それぞれ成長して迎える2学期。どうかな。

 

夏の大集合

峡谷

日本にはいくつの峡谷があるのだろうか。

山があって川は何日もかけて海に流れ出るのではなく、日本は狭いのですぐ海に出る。田んぼがあって遠くには必ず山がある。平地は狭い。

岩国に居を構えて寂地峡には何度か足を運んだ。とても涼しく、ちょっと冒険もできて楽しい。

島根県の匹見峡温泉に泊まって翌日、戸河内のインターに乗る前に三段峡に立ち寄った。広島県有数の峡谷だ。太田川の支流柴木川にある16キロメートルに及ぶ峡谷だ。何か所かから入れるが一番一般的な長淵から黒淵まで歩いた。往復2時間半余り。緩急の流れを楽しみ、巨大な岩もたくさんあり。自然の力強さを感じた。それにしても秋芳洞でも感じたが、こんなところに初めて遊歩道を作った人達の苦労はいかばかりのものか。崖っぷちに道を作り、ある所は岩をくり抜いてトンネルにして道を作った。平日だったので行き交う人はあまり多くはなかったが、すれ違うと必ず挨拶し、それも女の人が前だと女の人の方が元気よくこんにちは!!と言い、男の人が先頭の場合は男の人が挨拶する。それも面白いなと思いながら挨拶を返す。挨拶は出来た方が良い。顔を見て挨拶が出来ればこの世も大丈夫だと思う。

それと、今回初めて中国自動車道を東に行った。六日市は島根県、それからすぐに寂地峡のあたりを通るので岩国市!!、それから廿日市と戸河内は広島県。たった10分くらいの距離で3つの県を通ることが面白かった。

 

 

狼石

巨大な岩のすぐ脇を通る。

姉妹滝

姉妹滝

龍の口

龍の口、狭い川幅の所を凄い水量の水が流れ、真っ白なしぶきをあげていた。

流れは速く

流れは緩急いろいろ

ゆっくり流れる

断崖絶壁の急流

淵

女夫淵

 

遊歩道

 

赤滝

赤滝。石が赤く見えるのは紅藻ごけのためとか。

遊歩道に洞穴

遊歩道にトンネル

洞穴の中

トンネルの中はしずくが垂れていた

聳え立つ岩

行くてにはそそり立つ岩壁

聳え立つ山

黒淵

黒淵。渡し舟もあり、岸からは見えない秘境も楽しめるそうだ。

 

 

草刈り

その土地は、宏樹庵の竹やぶの間の小径を出たところの道をずっと上がって行って徒歩10分位のところにある。

何軒かの家が無くなるとみかん畑や棚田があり、その上には昔は田んぼだったのだろうけれど誰の手も入らなくなって何年も経ち、くずの葉に埋め尽くされてしまった土地が広がる。道の脇には川があり、梅雨の雨を集めて、小さい川なのにざあざあと大きな音を立てて流れている。

その土地まで来ると、少し上に道路があり、道路の上側には集落がある。土地のすぐ下は蓮田で、年老いた夫婦が丹精込めて蓮根を作っている。今、白い花が咲き始めた。遠くに瀬戸内海が見渡せる。梅雨のぼんやりした海だが、兜島と大黒髪島が正面に見えた。

草はすぐ伸びる。4月に二人で何日かかけて草刈りをした場所なのだが、3か月も経つと、そんな形跡はあとかたもなく、草は身の丈程にも伸びて土地を覆っていた。

雨の多い今年の梅雨だが、昨日と今日は雨が降っていなかったので、二人で草刈り機と熊手を担いで登って行った。

草刈り機にはガソリンが満タンに入れてあるので結構重い。肩にタオルを置いて私が担ぐ。手には手袋を二重にしていった。野ばらの群にもくずが巻き付いているので要注意だ。きれいだから残しておこうなどの生易しい気持ちでは埒があかず、すべて切る。途中でガソリンが無くなって、またいっぱいに入れる。

2日間で下の段はだいぶきれいになった。あと上の段をきれいにするのに3日はかかるだろう。梅雨が明けると暑いだろうな。

 

クマゼミが鳴き始めた。

 

草刈り

父の七回忌

今日は父の七回忌。

父が亡くなったのは平成22年7月18日。大腸がんなどで入退院していたが、7月初めの入院から急に悪くなった。前の年、初めての父と母の句集「あやとり」が完成し、椿山荘にて皆でその完成とダイヤモンド婚を祝った。父は緑内障のため目がほとんど見えなくなっていて制作には苦労が多かったが、根気よく頑張ってやり遂げた。亡くなる年の4月終わりにはチューリップ畑を見に行ったりして最後まで人生を楽しむという姿勢を忘れなかった。

 

今日は夕方に近親者が集まることになっていたので、午前中、母は障子の破れた所を何か所か張り替え始めた。破れた所の枠にそって紙をカミソリで切り取り、持っている書の紙の適当なのを探してきて、枠の大きさにのりしろの部分を計算して紙をハサミで切り、枠にヤマトのりを付けて貼っていく。なかなか上手だ。

母は今年の11月で89歳になる。普段は一人暮らし。食事は自分では作らないので宏二郎と私の妹が週に1回ずつ作りに来て、一緒に食べ、また作り置きをして帰る。私達3姉妹や孫達は母にあまり可愛がってもらった覚えがないので(もちろん良い母ではあったが)意外だったことに、ひ孫は可愛いらしく晴香たちや宏二郎の息子一青が来ると大喜び。今はひ孫も大きくなってもう抱けないが、生まれた直後はうれしそうによく抱っこしてくれた。月に2回ずつ自分の家と西武のカルチャーセンターで書を教えている。生徒は25人くらい。永年教えている生徒さんの中にはもう毎日書道展の審査員クラスの人もいて現在の書道界を引っ張っている。10年余り前からは豊岡市主催の全国展も開催されるようになり、足しげく豊岡にも通うようになった。

 

そこで私は提案してみた。今年3月の宇部での二人展は大変好評だったので、今度はそれを豊岡でやってみたらと。

豊岡では以前、毎年のように私達の演奏会が開かれ、子供達が小さい頃は毎夏遊びに行っていた。当時の私達の支援メンバーはもう高齢化して、亡くなった人も多い。でもわずかに残っている人の中には未だに文化協会の仕事に携わっている人もいる。その人達がまだ動けるうちにもう一度一肌脱いでいただこう、次へつなげるためにも、と思った。

母はその提案に乗った。

開催の時期は来年11月。会場選定のため、今年私にも一緒に豊岡へ行って欲しいと言い出した。

 

父の仏前にて私は、どうぞ母をお守り下さい、と祈った。

 

障子貼り

真剣な表情で紙を貼る母

七回忌

白菊の枯れて遺影の笑みしまま  さちこ

今、夜の8時を少しまわった頃。雨がしとしとと降っている。宏樹庵の池のカエルが一匹、大きな声でグエーッグエーッグエーッと鳴いている。このカエルは何のために鳴いているのだろう。友達を呼んでいるのか。と、思いがけなくもう一匹クルルルと加わる。そしてすぐ黙った。

宏樹庵は市道から50m以上も竹やぶの間を入った所にある。市道もこの上には何軒かしか家がなく、行き止まりになっているので通る車は住民か、あるいは配達か何か住民に用事がある人のみ。この時間には全く車の音はしない。

はるか遠く下の方に山陽本線が通っている。1時間に2本の往復、それに貨物列車の音がここまで聞こえる。

昼間は鳥の声がよく聞こえる。鶯が何羽もいて、最近ホトトギスの声が時々聞こえる。

ふと、カエルが鳴き止む。雨の音のみが聞こえる。さっきより雨足が強くなったようだ。ラジオではこのあたり、これから大雨になると言っていた。風はなく、竹やぶはしんとしている。またカエルが鳴き始めた。ずっと鳴いている。グエーッグエーッグエーッ・・・

 

さあて、練習を始めよう。

この自然の音に逆らわないような音で弾けるように。

日本フィル夏休みコンサート

日本フィルは1975年から学校の夏休み期間中に「親子コンサート」を東京近郊何か所かで開催している。

柔らかな感性を持つ子供たちにこそ音楽の持つ力の素晴らしさを届けたいという思いからだ。42年間で延べ600公演に120万人が来場していると言う。一応4歳からという規定はあるが、うちの孫どもは3歳から楽しんでいる。最近は「親子」ではなくて「おじいちゃんおばあちゃんと孫」というケースも多くなっているようだ。そのためではないだろうが、タイトルも「親子コンサート」ではなく「夏休みコンサート」になった。

演奏会は3部構成で、1部で本格的なクラシックのオーケストラ曲を聴かせ、2部ではバレエなど(今年はプロコフィエフのシンデレラ)が入って見た目にも楽しい。3部は子供たちが知っている歌をオーケストラをバックにみんなで歌う。

今、子供たちだけでなく、大人も一人でゲームをしたり、パソコン上でやり取りをしたり、或はユーチューブなどで一人で音楽を聴いたりすることが多くなっている。生身の人間を避けているように、挨拶も顔を見てしないと言う。

演奏会というのは、生身の演奏者が渾身の力で演奏し、それを聴く方も受け身ではなく、自分自身の身体の全てを使って聴いて、そこに感動が生まれる。そして、演奏会に来ている人達みんなでそれを共有する。

夏休みコンサートに来る人達は音楽通の人ではないと思う。でも、足を運んで聴いてみたら演奏会終了後の気持ちは何か楽しくなっているはず。家族で聴いた人たちは家庭に帰ってからもその話題で話すことになろう。

 

今年8月9日(火)に初めて京都で夏休みコンサートが開催される。

永年日本フィルも関西での公演を考えてはいたが、予算の面で実現できなかった。今年、京都に本社を置くローム株式会社の冠のもと、新しく完成したロームシアター京都オープニング記念事業の一環としてやっと開催にこぎつけた。

関西にもいくつかのオーケストラはあるのだが、どこもまだ夏休みコンサート的な企画は手がけていない。実力のある日本フィルの夏休みコンサートが、今回限りではなく、関西の子供たちの中にも是非浸透してほしい。

 

6月19日私達はそのために京都に出かけた。

集まったのは日本フィル事務局の人と私達のリサイタルでお世話になっている人達。

それぞれの人が何枚チラシをどこに配って、どうやって宣伝し、チケットの販売はどうやってすればいいか、知恵を出し合った。

さあ、頑張らなくては。

ガリアーノ復活
6月4日京都 7日東京でのリサイタルが無事終了した。
病気がちだったガリアーノ、京都のリサイタルの直前にとうとう魂柱が倒れた。急遽宇部の秀太郎の所へ駆け込んで診てもらった。新しい魂柱に替えて、立てる場所も石井が弾きながら調整。その結果は、石井が魂柱が倒れてむしろ良かった。そうでなければあの調整は出来なかったのだから。と喜んだ程だった。
京都のホールは良く響く。客席で私が聴く限り、シンフォニア岩国の時のような惨めな感じではなかった。
それから3日。フラジオが出にくかったり、何だか無理して音を出している…昔のような豊潤な音が出ないと感じる。
コルンゴルトの小品に始まってシューベルトのソナチネ、クライスラーの小品4曲とリサイタルにしては聴きやすい曲が前半に並ぶ。後半はウェーベルンの研ぎ澄まされた音のみで構築された4つの小品とシューベルトの幻想曲。音楽の美しさは出せたと思った。
いつもの店で打ち上げ。こっそりA氏に聞いた。ヴァイオリンの音はどうだったかと。充分楽しめたけど、以前の音を知っているので今一つと言う。秀太郎の師匠も聴きに来ていた。10日、ガリアーノを持って彼の所へ行った。調整1時間余り、魂柱の長さを少し削って立てる位置も変えた。そのお陰で、嬉しい事にガリアーノの音が戻った!
秀太郎の師匠は素晴らしい!

それと今回アンコールにはシューベルトの「楽興の時」を考えていた。
元はピアノの曲で簡単な曲なのだが、クライスラーが編曲して洒落た曲になっている。これがクセ物だった。素敵な曲なのにものすごく難しいと、石井は京都に発つ3日の最後の最後までその曲を練習していた。京都では何とか弾いたが、東京ではもう弾かないと言って別の曲にした。
「楽興の時 Moment musical 」幻の曲となった。いつの日にか聴いてもらえるかもしれない。待っていて欲しい。
結婚記念日
5月27日。44回目の結婚記念日。
今、私は66歳なのでちょうど人生の3分の2を共に過ごしたことになる。

22歳の時、どうしてもこの人に付いて行きたいと思って結婚した。親は反対だったが、石井の父が私の父を説得しに来てくれてようやく承諾してくれた。
石井は私が今まで見たことのない野草のような人だった。
哲学を語り、堀辰雄の初版本などの事を熱く話していた。
結婚した当初は私はまだ大学院に通い、石井の両親と姉と祖母も同居だった。
石井がオーケストラに入るとは思ってもいなかったのだが、日本フィルの問題が起き、それはおかしいのではと奮起して日本フィルに入団し、解雇されたばかりの楽団の情宣部で、泊まり込みもあり忙しかった。
大学院を卒業した後、二人でミュンヘンに留学した。
運よく、とても快適な下宿に巡り合ってそこの叔母さんに可愛がられた。長男が生まれ、彼女は自分の孫のように接してくれた。
留学中にはソリストとしての推薦もあったが、日本フィルとの約束を守って2年で帰国。
石井は楽団長を務めることになって、母子家庭ですかと言われるくらい家に落ち着いている暇がなかった。それでも年1回はちゃんとしたリサイタルを開こう、それも10回目までは全部新しい曲で、と決めて自分の勉強もおろそかにしなかった。
私は帰国後、次々に子供が生まれて子育てに忙しかったが、それでも一緒にやっていきたいという気持ちが強く、何とか頑張って練習した。能力の無い私なんかが弾いていてどうなることかと思えた時期もあった。でもこれだけ忙しい石井だから、時を選ばず一緒に練習できる私とでないとリサイタルは成り立たないと思い、練習した。
帰国後に住み着いた小平という場所が良かった。
古いマンションだったが、夜10時まで音が出せた。11時頃まで弾いていたこともあった。車がほとんど入ってこない行き止まりの場所だったので子供たちは外でのびのび遊べた。同じような年齢の子供たちがたくさんいた。みんな仲が良かった。
宏樹庵に移り住むまで、36年間小平で過ごした。
その間、全国各地に赴き、演奏会を開き、様々な人と出会い、たくさんの幸せをもらった。

今年6月7日の東京でのリサイタルは39回目。
来年は40回になるので今後の事を考えるきっかけにしよう。
前から石井が言っているように80歳まで現役で弾いていたいと私も思う。弾きたい曲もあるし、二流の私でももう少し上手に弾けるようになるかもしれないとも思う。音楽の素晴らしい力を信じていたい。
でも、演奏会の形態は今のままでなくても、と思ったりしている。

結婚記念日の夕食はいつものように濡縁で。
メインは私達にしては珍しくお肉。最上級の牛肉と豚肉も少し。野菜はきのこ以外は畑のもの。
祝い酒は村重酒造の社長さんが先日直々に宏樹庵に持ってきて下さったお酒。少ししか作っていないので中々手に入らないそうだ。私もこのラベルは初めて見た。フレッシュな美味しさが口に拡がった。

結婚記念日
肉汁が下に落ちないように鉄製のグリルパンを買った。とても美味しく焼けた。

最上級の牛肉
最上級の牛肉。ミディアムに焼いて美味しかった。

祝い酒
臥龍錦松。
宏二郎の住居棟上棟式
その朝は周防大島まで餅を取りに行くことから始まった。
8時少し過ぎて家を出る。国道を下る。大島は朝靄に包まれて稜線だけが遠くに見えた。神代辺りでようやく横たわる大島がはっきりしてきた。1キロ以上ある橋を渡り大島へ。ひたすら海岸線を走る。1時間余りで餅やに到着。言ってあった時刻より早かったので、もしやまだ出来ていないかもという一瞬の不安がよぎったが、ちゃんと餅まきの餅150個準備されていて持って帰る。
上棟式当日はお昼はお弁当、夕方5時から上棟式をやって餅まき、そして宴会になるという手順通り、お昼は注文してあった洋食屋さんにお弁当を取りに行き、それも好評だった。
大工さんは棟梁の久良さんの下に二人の若い大工さん、その他何人かの助っ人がいた中に宇部から来た人もいてびっくり。久良さんの作業場で作った材木をここで組み立ててクレーンで吊り上げ屋根の形にする。1个龍犬い盖されない作業を実際この場で初めて組み合わせる時には大工さん自身ドキドキするそうだ。
ドキドキの連続で家が出来る。
餅まき用の餅には五円玉や五十円玉も何個か結んだ。宏二郎と私が住居の2階に上がり自治会館前に向かって餅を投げた。普段物を投げたりすることがない私はなかなか餅が遠くに投げられなかった。それでも近所の人たちがたくさん来てくれて受け取ってくれた。受け取ってくれた人の一人が宴会にその餅を持ってきて焼いて食べたら柔らかくて美味しかった。
アトリエ棟は4月12日に棟上げを済ませ、もう屋根が出来ていたのでそこで宴会となった。
昔ながらの土壁の家にするので、その芯となる竹を編んだ壁が今の現状。これだけでも十分美しい。家が完成した時点ではこれが全部見えない部分になるというのが惜しい気がする程美しい。屋根の部分もそうだが、柱と梁も全部釘で打ち付けるのではなく、組んである。宏樹庵は築100年以上経ち、この間の熊本地震でこの辺りも震度4で揺れたけれども、ああ地震だねと言うくらいでどうもない。宏二郎のアトリエも住居も大工さんが言うには100年は大丈夫だそうだ。
宴会では遠くに車で帰る人もいるとのことでちらし寿司をたくさん作った。しし鍋も好評だった。この日のために取っておいた森伊蔵も大変好評だった。大工さんの奥さんがそれぞれ迎えに来ているのになかなか席を立つことができずに、片付ける頃にはポツリポツリと、予想より早めの雨が落ち始めた。

餅まきの餅
餅まき用の餅 その朝の出来立て
餅まき
餅まきには近所の方がたくさん集まった
宴会場
宴会場となったアトリエ棟、正確にはここは展示室となる。壁より下に窓があり、大工さんはここで昼寝をしていると大変気持ちのいい風が来ると言う。竹で編んだ壁の芯は本当に見事。
 
ミュージックキャンプ2016開催
5月3日から宏樹庵と黒磯自治会館で始まったミュージックキャンプ。2日間のレッスンを経て、5日午後2時から由宇文化会館にて「散歩がてらのコンサート」。今年も無事に終了した。
3日は台風のような暴風雨で、自治会館でレッスンをしていても宏樹庵の駐車場に張ったテントが飛ばされるのではと心配だった。4日5日は大変良いお天気に恵まれた。
今回は陽子が小さい子を連れて参加するので、他の人にも子連れで参加できますよと声をかけたら3人の人が1歳や3歳の子供を連れて宏樹庵に泊まった。そのためキャンプ中は宏樹庵に8人も7歳以下の子供たちがいて、それに小学生や中学生が加わり、大変賑やかだった。結婚して子供が出来ても、もっと勉強したいと思っている人はいて、このキャンプはそういう意味で新しい展開を見せたと思う。
40人の食事は前もって煮込んでおいたカレーやセルフサンドイッチ、夜はバーベキューや焼きそばなどで賄った。子供たちが楽しみにしていたかがり火も焚いた。燃料にする竹をチェーンソーで30センチほどの長さにするのは1日にいらした桜庭先生にも手伝っていただいた。そのあとその竹を細かく鉈で割るのは子供たちの仕事。
2日間午前10時から午後7時半ごろまで17組のレッスンが続き、いつもは弦楽四重奏が多いのだが、今回はスメタナ、メンデルスゾーン、ブラームス、ショスタコーヴィチ、ハイドン、ミヨーなどピアノ三重奏曲がほとんどで私は食べる時間もほとんどなくレッスン浸けになった。初参加の8歳のみいちゃん、9歳のノンちゃんは親が前から参加していて来るのは初めてではなかったが、舞台でも堂々としていた。由宇町に実家があって今東京音大に通っている女の子もとても上手だった。
昨年から調子の悪かったガリア―ノが、キャンプの始まる少し前から、もしかしたら良くなってきたかもと手ごたえがあり、5日の本番でも桜庭先生から問題ないのではと言われ、これまでの重苦しい胸のつかえから解放されたのも大変うれしかった。
これでリサイタルに臨める。―--しかし、それにしても時間が足りない。

うつぎの紅白の花が美しく咲いた。

竹を切る
チェーンソーで竹を切る桜庭先生
江波家族
江波家族のハイドンのピアノ三重奏曲。おちびちゃんだった弘介君ももう5年生!
初参加ののんちゃん
初参加のノンちゃん
チェロ三重奏
今回はチェロの三重奏でポッパーのレクイエム。美しい曲だった。
初参加みいちゃん
初参加のみいちゃん
初参加ちいちゃん
初参加の知恵さん
初参加松村さん
初参加の松村さん
ウツギ
うつぎの花